先史時代の地図は自分の住んでいるところはどんな所なのかとか、そこからはどのくらいの収穫があるのか等を表したのが始めの地図だと言われていて文字の歴史よりも古いとされています。身近にあった粘土板やパピルス。、布切れなどに描かれました。ギリシャ時代には地球球体説が考えられるようになった事が遺跡より見つかった地図によって分かります。文明の栄えたローマ時代『すべての道はローマに通じる』の言葉通り、ローマの道路地図も作られています。
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左上の写真はバビロニアの世界地図。紀元前700年ごろの最古の世界地図だといわれている。この地図では世界の中心にバビロンがあり、周りの海の向こうに空を支える山があった。この時代には地球が丸いとは考えられていなかった。
右上の写真はプトレマイオスの世界地図。紀元150年ごろ(ローマ時代)の世界地図。東半球の大部分が描かれていて南に未知の大陸がある。
中世時代になりヨーロッパではキリスト教の強い影響で、以前の平板な世界観に戻ることになります。円盤形の世界は東を上に、聖地エルサレムを中心にナイル川、ドン川、地中海で世界を分かち、上にアジア、右にアフリカ、左にヨーロッパが描かれていました。その形からTO図と呼ばれました。一方イスラムの世界ではキリスト教の影響を受けずギリシャ・ローマ時代以来の世界観が受け継がれました。
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左上の写真はベレフォード寺院のマッパムンディ(世界地図)。イギリスヘレフォード寺院のTO図は伝説上の事柄が装飾的に描かれていて、地図の中心には聖地エルサレムがある。
右上の写真はイドリーシーの世界地図。イスラムの地図は南を上にかかれてあることが多く、この地図もその一つ。(現在は北が上の地図が主流)アフリカの先端、アジアの南にあたる所にワクワク(日本)が描かれてある。
中世から近代までの間に十字軍の遠征やコロンブスの大航海などにより、世界各地のことが知られるようになってきました。世界を平らな紙に表すことが難しかった時代に地球儀もたくさん作られました。ルネッサンス以後の自然科学の発達と共に地図も新しい土地の発見などがあり数多く作成されました。メルカトルは1569年羅針盤の舵角と地図上の角度が一致する地図を作りました。これが『メルカトル図法』で描かれた世界地図です。
左上の写真は伊能忠敬が幕府の命を受け作成した日本地図。伊能忠敬はまず始めに大図と呼ばれる測量した図面を作成して、中図、小図と呼ばれる地図を編集した。これらの地図は明治時代まで使用された。
右上の写真は1648年、ブラウの地図帳の中に描かれた世界地図。メルカトル、オルテリウスの後を継いだ17世紀最大の親子2台にわたる世界地図作成者。 |